日本画における膠について
日本画は作業工程のひとつひとつに手間がかかるのが大きな特徴である。
日本画で使われる主な材料は岩絵の具、そして岩絵の具を吸着させる膠※であるが、それらは天然、自然由来のものでより繊細な扱いを必要とするためである。
※日本古来から家具などの接着に使われてきた。日本画においてはそのままだとただの鉱石の粉末である岩絵の具を紙に吸着させるための接着剤として使用される
特に、膠は鹿。牛、ウサギなどの脂からできているため、腐りやすく、管理が大変である。
膠には粒や棒状など形態の違いがある。
ポピュラーな棒状の「三千本膠」(画像右)はペンチなどで折って使う手間があり、腐りやすい。
一方、粒膠(画像左)は腐りにくく、膠を砕く手間もないが三千本膠より吸着力が弱いという欠点もある。
そして、いずれの膠も、かたい固形の状態から数時間~1日ほど水につけてふやかし、さらにそれを専用の鍋にいれ湯煎して溶かすという、使用するまでに一連の下準備と手間がかかる。
そう、正直、かなり面倒くさいのである。
日本画にはほかにも、下地の胡粉のつくりかたや岩絵の具の溶きかたやのせかた、あと処理などさまざまな面倒がある。
この面倒を少しでも軽減する手段はないのか?
答えは、「ある」。
けれど、それは日本画制作において、ともすると邪道といわれてしまう裏技である。
それは、
膠の代用に人工塗料のアクリルメディウムを用いるという方法である。
現代日本画では、伝統的な工程に左右されない自由な技法も生まれている。そのひとつとして考えることもできるだろう。
・溶かす手間がない
・腐らない・固まらない
・吸着、固定が早い(膠は完全に固まるまで一か月〜一年かかる)
これらのメリットを活かして日本画において効果的に使用する方法を探るべく、作品上で検証していくことにした。
メディウムの種類について
今回、実際に使用したのは、こちらのメディウムである。Amazonで購入できる。
メディウムにもいくつか種類があり、主に色と材質感の違いがある。
例えば、透明か白色などの色つきか、表面に濡れたような光沢が出るツヤ出しタイプか。
前述したように、日本画においてメディウムの使用が邪道と言われてしまう理由が
このメディウムに含まれる様々な化学物質による弊害である。
人工的な化学物質によってつくられたメディウムは膠よりも、表面に様々な不純物が混ざっており、膠とまぜたときよりも、その素材によって
日本画独特の岩絵具の粒子のザラザラとした質感やキラキラした粒の表面をコーティングしてしまい、折角の美しい表面の色や材質感が鈍くなってしまうという部分にある。
したがって、つや出しタイプや色つきタイプであると、
余計に表面に反射が加わったり、メディウムの色と岩絵具の色が混ざり、
ますます岩絵具の効果を消してしまうのである。
そこで、今回は、できるだけその弊害を少なくするために
無色透明かつ表面に光沢加工がない、視覚的に平滑な画面をつくれるマットメディウムを選択した。
使用感と膠との質感の比較
実際に絵皿のうえでメディウムと岩絵の具を混ぜてみると、思った以上にのびがよく、画面上でも特にひっかかりもなく、自然に使えた。
また、絵皿の上に出すと白色の液体だったので少しひやっとしたが、(上図参照)画面上ではしっかり透明になり、色を邪魔することもなかった。
では実際に作品をご覧いただきたい。
いかがだろうか、
今回は、同じ作品上で部分ごとにメディウムと膠を使い分けてみたが
ぱっと見ただけでは、どこに膠を使ってメディウムを使ったのかわからないのではないだろうか。
これは、単に画像だからというわけでもなく、実際この作品を直にみても、実際そこまでの質感の違いもなく、岩絵具をよく吸着し和紙との相性も問題なかった。
そう、それだけ「自然に」使えたのである。
さらに、心配していた質感もテカテカ感や色の鈍りなども見られず違和感がなかった。
ここから、もう少し詳しく検証するために拡大してご覧頂きたい。
よく見て頂けただろうか。
上図が膠を使った部分、下図がメディウムを使った部分である。
両者の違いをよくよく比較すれば
膠のほうは、よく見ると岩絵具の粒の立体による表情の違い、色の見え方が均一ではなく、鮮やかであったり変化に富んでいる。
一方、メディウムを使用したほうは、粒感が薄れ、塗料のように少しのっぺりとした均一的な色面になっていて、色も鈍く落ち着いた様子になっているのだ。
結論:メディウムは部分によって使い分けるべし
このように、ぱっと見ではわからないが、
よくよく見ると、やはり膠のほうが、
岩絵具の発色や質感の魅力を最大限に発揮させていることがわかる。日本古来の伝統技法のすばらしさに改めて気づかされた。
メディウムはやはりマットな質感、アクリルや油彩の絵の具のような塗料としての性質になり、平滑な画面になってしまう。
岩絵具固有の効果を大切にしたいのであれば、やはり膠を使うのがベストである。
しかし、
逆にいえば、
水面や遠くの風景、背景などザラザラ感や発色の良さをある程度おさえる部分であれば大いにメディウムを使うべきである。
日本画は、しばしば水面の表現が難しい。
なぜならどうしても岩のざらざらした質感が出てしまうからである。
したがって、
さらっとした質感が求められるため、今回私が実践したように部分的にメディウムをつかい、
『あえて』粒子の質感を抑えのっぺりしとした少し鈍くとろっとした表面に仕上げるのも一つの手ではないか。
また、圧倒的に手間暇がかからず、楽なので、
例えば私のようにもともと油彩をやっていた人で性急な制作をしたい人とって思い立ったらすぐ使えるということは、スムーズに制作を進めるうえで多いな利点である。
また、膠と違って吸着に時間もかからないため、
あまり短時間で色を重ねるたり、膠の量が濃すぎるとひび割れの危険性もある膠だが、メディウムにはその心配がない。
そのため、油彩の技法のような重ね塗りや多色使いにも適しているといえる。
↑膠を使用して重ね塗りをすると、その濃度の高さなどによってこのようにひび割れを起こしてしまうことがある
結論としては、メディウムの使用は現代日本画においては全く邪道ではない。
ただ、画面全面にメディウムを使うと岩絵具の質感はどうしても減ってしまうので、やや発色や立体感に欠けてしまうだろう。
美しい岩絵具の発色を存分に生かす場合はやはりメディウムの使用は好ましくない。
といえることができる。
モチーフや作品の意図によってうまく活用していけば、非常に効率的かつ効果的な吸着剤であるといえるのだ。