「月の都」千曲
秋の虫も鳴き始め、夜気も少しずつ涼しげになってきた今日この頃。
先日、中秋の名月を求め、長野県千曲市へ向かった。
千曲は
「月の都」と名高く、西行、芭蕉、藤村、正岡子規など数多くの歌人や文学者によってその名月は描かれてきた。
また、もう一つの目的として、
来年春に個展を開催させて頂くことになった、
新しく千曲にオープンする
ギャラリー artcocoon の下見も兼ねていた。
このギャラリーのオーナーである上沢さんとはたまたまブログを見て私の絵を見に来て下さり、オーダーを頂き、ご縁が繋がり今に至る。
素晴らしい空間と有難いおもてなしのなかで滞在させて頂き、
東西のあらゆる神々が集まる皆神山、姨捨の中秋の名月に、
いっそう感性を研ぎ澄まされる3日間だった。
長野という土地が持つ摩訶不思議なエネルギーに向き合い、良い形で昇華できるよう励みたい。
オーナー様にとっても新たな挑戦というこの清新なギャラリーでの展示、
是非楽しみにしていていただきたい。
今年戸倉での萱アートコンペの出展に併せて、10月に再び滞在制作を行い、その成果を発表する形となる。
コンペの詳細はこちら↓↓
202210月2日〜23日
長野県千曲市戸倉坂井銘醸RAUM戸倉宿
Kac2022 DM
私はこちらの作品を出品している。
星離れゆき月を離れて(写真は部分)
心の中に満月を描く
・
そもそも、なぜ、私が名月を求める旅に出たのかー。
ここ最近、何故か満月の幻想が頭から離れず、
西行が僧侶として実践していた月輪観と呼ばれる、
心の中に満月を描く観法に、自分の画業が重なるのを感じた。
もともと、無意識のうちにこれまで幾度となく私の絵に出てきた満月のモチーフー。
さらに、これまで大切にしてきた風景と一体になるという自身の制作姿勢が、
密教の空(くう)の思想である、
自分の身体が宇宙に溶け込み、
個が全となり、全が個となる、
その境界を行き来するものとも繋がることに気づいた。
ある人に私の月の絵を見て、
心の奥底を覗かれている気分になる。
そう言われたことがある。
そのことを深く思いやると、やっと自分の軸がみえてきたように思うのだ。
それは、
感性を研ぎ澄まし、
風景と
「ともに在る。」
ということー。
西行が、和歌を真言の代わりとしたように。
私は旅を通して、制作を通して、
世界と自分の別をなくす、空(くう)の思想を実践し、魂を磨いて行きたいのだと思う。
真言を唱えるように描くのだ。
祈りとも違う、精神の修行。
それは開放への道でもある。救いの道。自らを救うために。
けれど、それが同時に皆さんの心のそばにあるものであればと切に願います。
そう、貴方の心の奥底を覗く絵画となりますようにー。