県境に広く跨る十和田湖から、奥入瀬までの距離は、出発点が、秋田県側と青森県側とて随分と違う。
私は、秋田側の休屋に滞在していたため
奥入瀬の入口まで、宿から10km離れており、車でもかなりの距離。そこから川は12km続く。
車のなかった私は、少しでも早く辿り着きたいと、慣れない原付を、飛ばして走った。
原付を走らせ、渓流に辿り着くと、降りて、歩き、スケッチし、また原付を走らせる。そんな日々だった。
フロントガードのないヘルメットは、風も、雨も、埃も、陽の光も、全て目に吸収していき、顔はバチバチと痛み、そんな道のりを延々とゆくのだ。
走っても走っても湖畔を脇に見る、飛ぶように景色は過ぎていくが、目的地の奥入瀬は、何度走ってもやけに遠かった。
毎日同じ景色を長く走って目的の場所へゆく。
このことが、面倒でもあり、同時に、この時間の長さが、そのまま十和田、奥入瀬の自然の規模を示している事に妙な感慨をもったものだ。
晴れの日も雨の日も走った。
来る日も来る日も、
国道を走り、子ノ口を越え、さらに奔ると、トンネルのようなうっそうとした入口がみえる。
しかし、そこは実際はトンネルではなく、森へ入ってゆく境界線のような場所だ。
なんどきても、どんなに晴れていてもそこは暗い入り口で神秘的な、薄ら怖いような、
その奥はうっそうと暗い影をおとしているのだ。
その入り口が、見えてくるといよいよだ、と歓喜が湧き起こり、
しかし、そのまま入り口に近づいてゆくごとにその影は消え去り、気づけばもう奥入瀬の森のなかだ。
そのたびに、
何故だかきまって
原付の風を斬りながらふわっと天を仰いだ。
すると、空はほとんど見えず、折り重なる青葉や枝に覆われていて、左右は木々、シダの群生。
この身は陽の光を遮った暗涼の、青緑の世界にすっぽりと包まれているのだ。
腕が、服が、青に染まるー。
その自然の呼吸と、木漏れ日と一体になる。
大きく息を吸い込み、また天を仰ぐー。
気づけばその繰り返しだ。
その入り口は、いつだって、手前側の明るい世界から、めくるめく太古の森へ踏み入れた、世界の切り替わりを思わせる
不思議な様相を示していた。
光が眼の前でばっと散らばり、気づけばもう、暗い青緑に包まれる。
その瞬間、いつも、追い風が吹いていた。