2015.8
《深林》“deep woods”
京都駅から周山街道行きのバスに乗る。京都の美しい風景を描いた東山魁夷が絵のモデルにした北山杉の里を訪ねるためだ。
次第に山奥へ入ってゆき、気づけば乗客はわたし一人である。バスを降りると、そこはしんとした山峡で、曇り空の下に広がる、見渡す限りの杉木立の群れに圧倒される。
晩夏の時分の京都は未だ残暑が厳しいが、この辺りは清澄な空気が流れ、広葉樹林の黄色みがかった緑ではなく、青い谷という印象を受けた。
北山杉の谷は、低山であるが急斜面である。
手前の木の幹は、道路すれすれまでせり出し、奥の木は、平地の林立の様相とは異なり、深く濃い闇の中に溶け込んでいるのをみた。
この暗闇との色の対比により、手前の木は一層その姿を鮮やかに見せ、眼前に迫ってくるように感じられた。
北山杉はその一本の木が、約30年の長い時間をかけて育てられるという。
真っ直ぐにのびる細い幹は通常の丸太よりも、はるかに多くの年輪が凝縮され、外見の優美さと裏腹に風雨や大雪にも耐える力強さをもつ。
__その凛とした立ち姿。
奥深い闇の中に無数の細い白い糸が流線のようにのびるさまは、どこか浮き世離れしていて、この身がその深々とした木立の中に吸い込まれるような錯覚をおこさせるほどの、夢幻的な空気を湛えていた。