ー北斎との出逢いー
富嶽三十六景 「神奈川県沖波裏」※1
本日は、 国内外問わずその名を轟かせ、人気を博している北斎について語りたい。
日本で人気の高いフランスの印象派の画家たちのように、国内で開催される数多くの展覧会に顔を出しているようにも思う。
2024年度に刷新される、日本千円札の絵柄のモチーフにも富嶽三十六景「神奈川県沖波裏」が起用されるという。
北斎は日本を代表する革命的画家として、今なお、いや、これから益々その人気は確固たるものになっていくのだろう。
ここまで書いたが、私自身はこれまでそれ程、北斎に魅力を感じていたわけではなかった。
最初に生で彼の作品を観たのは、五年ほど前だっただろうか。しかし、「神奈川県沖浪裏」を一目観たこと以外の記憶は正直なところ曖昧だ。
ただ、館内が恐ろしいほど混雑していたことから、大変人気のある画家ということを漠然と理解した。 もう一つ覚えているのは、夥しい数の人物の細かいモ―ションを一枚の紙に小さく敷き詰めたような手本帳である。そこから何となく、彼の゛描くこと゛への狂気じみた執念のようなものを感じ取った、そんな雑多な印象であった。
また、以前森アーツギャラリーにて、開催されていた《新・北斎展》。
実際に足を運びはしなかったがチラシの作品を一目観て、少しぎょっとした。
眼孔から飛び出そうなゴロゴロした目ん玉を爛々と輝かせ、今にも襲いかからんばかりの躍動する鬼の姿。
腕や脚の筋肉や皺をあらわしているのか、その線と色彩の綿密な描写が一種のグロテスクな雰囲気を醸していたように思う。
「弘法大使修法図」(部分)※1 ※新・北斎展チラシより
4年ほど前には京都の細見美術館の春画展が話題を呼んでいたか。
こちらも看板作品の「蛸と海女」の画像を観ただけだが、蛸足が女体にねっとりと絡み付くその生々しさ。そして余白には小さく細かい字でびっしりと書かれた物語の設定。こちらも画家の緻密で入念な拘りが垣間見えた。
「蛸と海女」(部分)※2
しかしながら、奇特。猥雑。
そんな言葉がよぎる。どこか変態じみている。そんな印象を受けてしまって、これは単に私自身の好みの問題だが、北斎を何となく敬遠していた節はあった。
そんな私が北斎に改めて興味を持ったのは、テレビ東京の番組《美の巨人たち》で取りあげられていた、富嶽三十六景「山下白雨」を観たためである。
富嶽三十六景「山下白雨」※2
富士の緻密な点描と、赤の美しい繊細な色彩のグラデーション、稲妻の幾何学的デザイン性と平面性の対比、これらが画面の中で見事に調和している。空の深いベロ藍とその下に広がるわずかに灰色がかった積乱雲。稲妻が少し朱色がかった薄い色であることも富士の黒・赤・白の配色の美しさを際立たせている。
モダンで洒落ている。そして風景としての情緒がある。
北斎もこんな絵を描くのかと、驚いた。
そして、2019年の企画展太田記念美術館における《北斎170周年記念富士への道》ではこの「山下白雨」も展示されるということで、早速行ってみることにしたのだ。
ー太田記念美術館の魅力ー
この展覧会に足を運ぼうと決めた、もう一つの理由がある。
それは太田記念美術館のコレクションの秀逸さだ。
去年、本美術館では《花魁ファッション》という表題で浮世絵の企画展が行われていて、それで初めて訪れたのだが、これが大変素晴らしかった。
これまで様々な展示で見てきた浮世絵は、江戸の文化を伝えるというよりは、作家の拘りや浮世絵独特の繊細な線の描き方や構図に重点をおかれた展示構成だった。
それ以外に作品ごとの特徴があるわけでなく、少々退屈に思うことも多々あった。
対して、この企画展では、
一つ一つの展示作品が粒揃いというか、江戸の情緒や風俗を細かく取ったものであった。
長い江戸時代の中で流行の徐々に変化していくさまや、場面ごとの生活する花魁の様子が、その髪型や着物の着方や柄、小物や人物のポーズなどからその違いを読みとれ、夢中でみいった記憶がある。
このような太田記念美術館のコレクションに魅力を覚えたため、、北斎の作品も、粒揃いの展示構成ではないかと、期待を胸に足を運んだのだ。
ー北斎 富士への道ー
※3
ゴールデンウィーク三日目の昼下がり。
以前訪れたときはひっそりとした様子だった太田記念美術館も、この時は流石に大変な盛況ぶりで、若い外国人が多く、小学生くらいの子供も家族連れで来館していた。
展示は一階、二階、地下と3フロアに分かれて、なかなかの見応えであった。
そのほとんどが富士への道というタイトルの通り、富嶽三十六景、富嶽百景を中心とする作品群によって構成され、さらに、その周りを彩るように、「北斎漫画」や「唐詩選画本」、「諸国滝巡り」などが並ぶ。
これら1つ1つの作品を順に見ると、期待通り、北斎の卓越した発想力と描写力に驚かされ、思わず感嘆のため息が漏れ出た。
あっと言わせる大胆な構図、画題や登場人物の洒落っ気、茶目っ気。そして、人体、波や水のモーションの鋭い観察。
特に「富嶽百景」では、北斎の、カメラのように一瞬の動きを捉える卓越した観察眼と、人物の皺ひとつ、松葉の一葉、草の一本まで、緻密な構造を捉え描き分ける筆捌き、そして゛富士゛をどう切り取るか、そのアプローチの工夫が際立っていた。
いくつか上記の特徴がよく表れた作品を挙げていきたい。
富嶽百景「海上の不二」※1
波や水のモーションの観察。勢いのある構図、空気遠近法のような色彩の移り変わりが美しい。一番手前の波の線の細かい描写も、見応えがあり秀逸である。
富嶽百景 「松山の不二」※2
松葉の生い茂る山中、木ノ子狩りをしているのだろうか、左の坂から右方向に向かって山中を越える人々の動きや松葉の一本一本まであらわす、細やかな描写が際立つ。
富嶽百景「井戸浚の不二」※3
井戸を、引き上げる梯子や綱の三角形の構図か富士の構図と呼応していて気持ちが良い。画面の縦構図も井戸桶の水を下に流す人物の動きの臨場感を助けている。
富嶽百景「笠不二」※4
頂に雲を抱いた富士と頭を垂れた人々の頭を笠とかけた洒落た画題が実に面白い。
富嶽百景 「盃中の富士」※5
これは一見すると富士は描かれてないがよく観ると___。これもあっと驚く富士へのアプローチである。
ー画家北斎から学ぶことー
北斎は、異国の文化や技法への興味を持ち、画家としての努力を惜しまなかった。
ベロ藍を輸入した他、自己流の遠近法、三ツ割の法というものを編み出している。
また、実際に見た土地を描くだけでなく唐詩選画本や琉球八景など、未踏の地の風景なども豊かな想像力によって残している。
富嶽三十六景 「相州梅沢左」※3
ベロ藍を駆使した深い青による美しい彩色が際立つ。
富嶽三十六景 「江戸日本橋」※4
北斎独自の遠近法によって描かれている。消失点が定まっていないことから、正確な遠近法ではないことがわかるが、風景の奥行き感はしっかりと伝わってくる。
「総房海陸勝景奇覧」※4
これも北斎の画家としての探求心をよくあらわしている。ここまで来るともはや、その執念に天晴れとしか言う他ない。
このように見てきて、改めて北斎の人気の理由について考えてみる。
思い返してみれば、様々な展覧会に顔を覗かせる北斎は、それだけ画業の幅の広さを表していたのだ、と。
作家としての努力、探求心。そして多種多様な工夫が散りばめられた創作。
そこには、画家、小説家、漫画家、広告デザイナーなど、現代の創造活動に関わる職業人が学ぶべきエッセンスが幅広く盛り込まれているではないか。 なればこそ、多方面の文化人にとって北斎はひとつの指標となり得るだろう。
ー北斎は果たして゛奇想の゛画家かー
さて、今回なにより、個人的に心惹かれたのは、北斎が奇想の画家と括るにはあまりにも浅慮だったと思わせる程に、作品が鑑賞者や生活する人々の感情に寄り添う視点で描かれていたことである。
富嶽百景「霧中の不二」※6
霧の中、崖を登る人々の様子が描かれている。遠くに霞んだ富士の頂がぼんやりと浮かんでいる。人々は険しい道を行くのに必死で、富士に目を向ける余裕はないようだ。 画面の右半分が空気遠近法によって薄鼠の、色彩で表され、霧中の山を越える人々を俯瞰したような目線で、鑑賞している自分も一緒にひんやりとした空気の中、富士の横を切っているような心地になる。
富嶽百景 「山気ふかく形を崩の不二」※7
「霧中の富士」と同じく、山間の空気感を感じさせるが、こちらは画題の通り、くっきりと濃い色彩の富士が、雲によってその形がみえかくれしてた表現となっている違いがある。
さらに、山中出逢ったのだろうか、木こりが狩人に煙草の火を分ける姿が大きく描かれ、その様子に目を惹かれる。お疲れ様と言わんばかりにお互い向かい合い、軽く頭を垂れ会釈するようにたばこの火を共有している。互いの人間味溢れる表情やポーズに思わずこちらの頬も弛む。
富嶽百景「山中の不二」※8
山菜採りや狩りに勤しむ、山中で暮らす人々の様子が生き生きと描かれている。
富嶽百景「奉中の不二」※9
行脚の途中で富士を、見上げる人々。その雄大さにみな、驚いているのだろうか。
私も、また画中の人々のように富士を眺めるのだ__。
北斎は、齢70を過ぎてから富士というテーマに正面から向き合い、富嶽三十六景、富嶽百景に取り組んだ。
そして、様々な角度から日本の風景や人々の生活を観察し、富士を眺める人々の様子や、富士と共にある人々や自然を描いたことがわかる。
このことは、北斎が決して独り善がりの奇特な画家ではなく、日本の風物をこよなく愛し、見つめていた画家であることを表してはいないだろうか。
画家は、画題に富士ではなく、゛不二゛と書く。この世に、ふたつとない崇高なもの。これらを、眺め、愛する。あるいは、それに、向かっていくのか。新たな画境へと___。
富士を眺める人々。私たち鑑賞者も、そして、北斎も。
果たしてその心は繋がったか_。
ーおわりにー
さて、ここまで富嶽百景におけるいくつかの作品を挙げたが、他にも「網裏の富士」、「見切の富士」など名作を挙げればきりがなく、とても、ここには載せきれない。
どれも1つとして同じ発想のものはなく、工夫を凝らした生き生きとした作品ばかりであった。
このような画業を成し得ながら齢90まで生きた余りにもエネルギッシュな画家。
そのエネルギーの源とは一体何だったのか。天性のものか、はたまた_。謎は深まるばかりである。
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